朝ドラ「あんぱん」小説化ライターが感銘を受けた、やなせたかしの人生哲学「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」

「アンパンマン」を生み出したやなせたかしと妻・暢(のぶ)をモデルにした、NHKの連続テレビ小説「あんぱん」。この人気ドラマを完全小説化した『NHK 連続テレビ小説 あんぱん 上』(作:中園ミホ/ノベライズ:後藤美奈)がNHK出版から刊行された。戦前に高知の小学校で出会った「朝田のぶ」と「柳井嵩」。2人は友情を深めるものの、戦争の影が徐々に迫るーー。そんな本作の魅力について、脚本を元に小説化した後藤美奈氏に聞いた。(篠原諄也)
やなせたかしの人生哲学とは
ーー「あんぱん」という作品の魅力について教えてください。
後藤:やなせさんのアンパンマンは、時を経ても今の子どもたちから愛されています。知人や親戚の子どもの話を聞くと、新しいアニメもあるはずなのに、みんなアンパンマンが大好きなんです。なぜ、子どもたちの心をここまで惹きつけるのか。それはやなせさんの人生哲学がすごく優しくて愛に溢れていて、まだ言葉もうまく喋れないような子どもたちも、それを感じ取っているからだと思います。

表面的にうけているのではなくて、もっと深いところで伝わる何かがある。それがこのドラマを見ることで、わかるはずです。やなせさんは戦争を経験した世代で、幼少期から悲しいことに直面してきました。決して楽な人生ではなかった中で行き着いた、生きることの哲学がある。ドラマの中では竹野内豊さんが演じる伯父の寛が「人生は喜ばせごっこ」という大事なセリフを言います。これは元々やなせさんの詩の中にある言葉です。辛いことをたくさん経験する中で、結局ひっくり返らない正義というのは、お腹が空いている人に食べ物を分けてあげることだという考えが根幹にある。そんなやなせさんの人生哲学に、この作品を通して触れることができると思います。
ーーアンパンマンの作者のやなせさんがどういう人だったか、初めて知る人も多いように思いました。
後藤:やなせさんは人間臭いところもいいですね。高尚な魂を持った善人というわけではなくて、よく嫉妬をしたりウジウジしたりしています。コンプレックスをこじらせて悪態をついたりもする。そういう弱い部分がたくさんあることも、魅力のひとつだと思います。
ーーそして今作の主役はその妻・のぶですね。
後藤:今回はフィクションを交えた脚本で、二人は実際には大人になってから出会ったそうです。だから作品で描かれる幼なじみののぶは、完全にオリジナル脚本なんです。でも生涯を添い遂げた相手と、もし子どもの頃から高知の同じ街で育っていたらという世界線の物語は、すごくロマンがあると思っています。

のぶはこの時代の女性にしては強くて、何に対してもまっすぐに取り組むような人です。いつも突っ走っていて、壁が立ちはだかった時には、そのたびに落ち込んでは振り返って、また走り出す。そういう風に生きられる人はあまりいないですよね。そんな人間の素直さを忘れずに生きることができたら、豊かな人生を送ることができるんじゃないかと思います。やなせさんがアンパンマンでここまで成功できたのは、暢さんが「あなたは絵を描き続けなさい」と言い続けたからだった。そんな二人でひとつであるという関係性は、とても素敵だなと思います。
本作を貫く最大のテーマは?
ーー今回の上巻(放送前半)は、戦前・戦中の世界が描かれていました。
後藤:あの時代を生きた人だけが経験したことが描かれています。若い命が散っていくような無情なことが起きていた。世の中が軍国主義に染まる中、学校の先生であるのぶは愛国の鑑として、愛国教育を説くようになる。でも妹の蘭子は、自分の好きな人を亡くしてしまって、戦争が嫌になっている。同じ家庭内でも、戦争に対してどういうスタンスを取るかが違うんです。それでギクシャクすることもありました。
のぶと嵩の間にも考え方の違いがありました。のぶは素直で純粋だからこそ、戦争の時に自分勝手なことはできないと考えている。でも嵩はそれは違うんじゃないかと感じていて、戦争に対して腑に落ちない気持ちを抱えている。戦争という現実に直面する中で、それぞれのキャラクターは何を感じているのか。その心の動きもすごくリアルに描かれています。
ーーノベライズを執筆した後藤さんは、映像を見てどのような感想を抱きましたか。
後藤:すごく感動しました。今まで頭の中で想像していた世界が、実際に動いている生きた世界になっている。街や商店街はこういう感じだったのかと思ったりしました。ずっと頭の中で今田美桜さんと北村匠海さんを思い浮かべながら書いていましたが、テレビで実際に生きているキャラクターとして見ると、全く違和感がなく素晴らしい演技でした。小説のよさももちろんあるんですけど、活字だった言葉を誰かが肉声で発することによって、生きた言葉になるという感動がありました。

ーーノベライズの魅力はどういう点でしょうか。
後藤:ドラマは1話が15分で終わりますが、ノベライズはもう少し長い時間をかけることで、余白を感じられると思います。活字なので時の流れがゆっくりなんですよね。ドラマではそのシーンの表情などから心情を読み取りますが、ノベライズでは心情描写も入っています。映像で見た後に読んでもらうと、その時々にどう思っていたか、じっくり味わうことができるはずです。
ーー最後に作品を振り返って一言メッセージをもらえませんか。
後藤:二人は一見正反対のように見えますが、誰の中にも嵩とのぶのような側面があるような気がしています。失敗や挫折を経験しても、好きなもののために突っ走っていくこと。「なんのために生まれて なにをして生きるのか」というアンパンマンのマーチの言葉は、この作品の最大のテーマです。戦争を経験した二人は、悲しみに直面しながらも、それから一生懸命に生きていきました。私もノベライズを書きながら、自分自身が真剣に生きていかなきゃいけないなと思いました。
【連続テレビ小説「あんぱん」毎週月~土曜 午前8時~8時15分 NHK総合ほかにて放送中】