『あんぱん』が突きつける戦争が潰した可能性の数々 千尋よ、“愛憎劇”でいいから生きろ

『あんぱん』戦争とはなんて豊かさのない行為

 第54話の嵩と千尋のまるまる15分の会話劇。演劇みたいと興奮気味に語る視聴者もいた。
変わらない嵩と、世の中の流れに流されていかざるを得ない千尋。まるでシーソーに乗っているようにふたりの心は上がったり下がったり。均等に平らになることはない。

「一方があがれば一方がさがりいつも水平になれなかった」

 嵩のモデルのやなせたかしの詩「シーソー」の一節である。

 ギッコンバッタン。子どものときはあんなに楽しかったシーソー遊びだが、お互いの信条の前では楽しさは皆無だ。

 向き合って話すうち、次第に嵩への怒りの感情が膨らんでいく千尋。良かれと思ってのぶ(今田美桜)への恋心を抑えていたのに、兄貴がぐずぐずしているから、ほかのひとと結婚してしまった。真面目に勉強一筋だった千尋が、のぶへの恋心と、兄への思いとの間でグラグラ揺れて、取り乱す。

千尋「もし生きて帰ってきたら今度こそのぶさんをつかまえる」
嵩「何言ってるんだ 彼女は人妻だぞ」
千尋「構わん」

 こんなふうな笑っていいのかいけないのかわからない会話にすることで、すっと澄まし続けた千尋の心のうちの沸騰が伝わってくる。こうまでしないと嵩は奮い立たないと思ったのではないだろうか。おそらく千尋がもし生きて帰ってきてものぶに告白することはきっとない。嵩がそうすることを願っているのだから。まあ、これが違うジャンルのドラマだったら、兄弟でひとりの女性をとりあってドロドロになるストーリーもあるかもしれないが、そこはやなせたかしをモデルにした世界。そうはならないだろう。いや、そうなってもいいから、千尋に生きて帰ってほしい。

「この戦争がなかったらーー」
「この戦争がなかったらーー」
「この戦争がなかったらーー」
「この戦争さえなかったら!」

 千尋はようやく本心を語る。いろいろな可能性が戦争で潰えていく。この戦争がなかったら、兄弟で好きな人を取り合う愛憎劇だって自由にやれたかもしれないのだ。あらゆる可能性をなくして、戦争の勝ち負け、兵隊の生死という、ごくごく単純な選択肢に切り分けていく。戦争とはなんて豊かさのない行為であろうか。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、志田彩良、二宮和也、瀧内公美、山寺宏一、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、阿部サダヲ、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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