『あんぱん』が突きつける戦争が潰した可能性の数々 千尋よ、“愛憎劇”でいいから生きろ

『あんぱん』戦争とはなんて豊かさのない行為

 「軍隊は大きらい、だけど」。「大きらい」のあとに「だけど」がつくのはなぜだろう。朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』第11週「軍隊は大きらい、だけど」(演出:柳川強)では、嵩(北村匠海)の軍隊生活がはじまった。

 高知連隊からいきなり小倉連隊に異動になり、「勇猛果敢」で知られているそこで嵩はビンタに次ぐビンタをかまされ続ける。

 運動がもともと得意ではないうえ、美術学校で洒落たデザインの勉強をしていた嵩にとって、汗臭く、体育会系の極地のような軍隊生活は耐え難いものだろう。しかも、洗濯物を畳むというようなごく当たり前の家事も得意ではない。

 そこで出会ったのは八木(妻夫木聡)。彼は嵩の「戦友」という、いまでいうバディシステムのバディとなり、嵩をサポートする。といっても、八木はクールで親切に手取り足取り何かを教えてくれるわけではない。ただ、ほかの先輩たちと違って、暴力を振るうことはしない。

 さりげなく嵩を援護している雰囲気だ。例えば、嵩が井伏鱒二の詩集を読んでいて、上官にとがめられたとき、八木は『軍人勅諭』を暗記しろとアドバイス。おかげで、のちに中隊長・島(横田栄司)が『軍人勅諭』を暗唱するように言ったとき、嵩はすらすらと暗唱できた。そして島の覚えよろしく士官候補生試験を受けることになるのだ。

 士官になれば位があがり理不尽な体罰を受けることもなくなる。実際、嵩は紆余曲折あったとはいえ乙幹になった。するとこれまで暴力を振るっていた者たちの態度が変わる。最も厳しかった古参兵・馬場力(板橋駿谷)は、次第に戦争が激しくなっていく不安から暴力で気分転換していたが、もうやめると宣言する。そういう動機もあったかもしれないが、軍隊の階級差の厳しさも理由のひとつなのではないかと思ってしまう。

 あっという間に2年が過ぎ、嵩は伍長になる。新兵たちに決して暴力は振るわず、作業の手伝いまでする嵩のお人好しぷりに八木は「変わってないな」とつぶやく。嵩は弱いが決してブレない。暴力はいやだし、戦争はいやなのだ。

 対して千尋(中沢元紀)は変わっていた。小倉に訪ねてきた千尋は、真っ白い海軍の軍服がまぶしい。嵩より階級がうえの甲幹の少尉になっていた。一見、爽やかで素敵に見える。実際、千尋の京都帝国大学の学友たちは「陸軍は泥臭い」と言っている。海軍は花形だ。でも海に出ていく仕事だから、過酷である。

 千尋が駆逐艦に乗ると聞いて嵩はショックを受ける。あんなに優しかった千尋が敵を攻撃することが信じられない。嵩にとっては死ぬのもいやだが、相手を死に至らしめるのも考えられないのではないだろうか。そんな嵩にとって、千尋が戦争で敵を攻撃することは耐え難いことだろう。

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