「恋っていいな」という気持ちを届けたい―― 『KANADE』シナリオライター浅生詠インタビュー

『KANADE』シナリオライター・浅生詠インタビュー

 新作ビジュアルノベル『KANADE』が、6月12日にフロントウイング25周年記念作品第2弾としてPC向けに発売予定だ。シナリオを『euphoria』や『リルヤとナツカの純白な嘘(以下、リルナツ)』などで知られる浅生詠氏が手がけ、キャラクターデザインを気鋭のイラストレーター・ゆさの氏が担当。植物に覆われた未来の地球を舞台に主人公の少年「悠登(ゆうと)」と、宇宙人と人間のハーフ「カナデ」の恋愛模様が描かれる作品だ。

 今回は発売に先駆け『KANADE』についてシナリオライター・浅生氏にインタビューを実施。ディレクターのかづや氏に同席してもらいながら、本作のテーマや浅生氏の執筆背景などについて深掘りした。(SIGH)

新作ノベルゲーム『KANADE』第1弾PV(あらすじ編)

――まず『KANADE』の企画が生まれたきっかけを教えてください。

かづや:こちらはディレクターの私から説明させていただきます。浅生詠さんがフロントウイングの社員ということで、『リルナツ』の執筆に区切りがついた2023年末ごろに次回作についてのお話がありました。もともと本作でキャラクターデザインを担当されているゆさのさんと浅生さんで1本ゲームを制作するという予定もあったので、ゆさのさんが手がけた『ATRI -My Dear Moments-』『GINKA』のような1人のヒロインに焦点を当てる企画として『KANADE』が生まれました。

――『リルナツ』直後から『KANADE』に取りかかられたのですね。浅生さんは同じくフロントウイングさんから発売予定の『Lilac』にも関わられていたと思いますが、本作と並行して執筆されていたのでしょうか。

かづや:『KANADE』を一旦書き終えてから『Lilac』の作業をしていただきました。そして、そちらが一段落したら『KANADE』のシナリオを調整してもらった流れでしたね。

――それでは執筆期間としては被っていないのですね。

浅生:はい。かづやさんと相談して別タイトルと被らない執筆期間にしていただきました。他のシナリオライターさんの中には2~3本同時に並行して執筆する方も多くて素晴らしいと思うのですが、自分は1本に専念するスタイルが向いていると思います。

――本作のシナリオを執筆するうえで意識されたメッセージやテーマはありますか。

浅生:普段は企画段階では人とブレインストーミングをしないのですが、今回に関しては最初からかづやさんと話し合いを重ねました。その際にかづやさんも参加されたフロントウイングの過去作『ほしうた』の話を聞き、本作の「思いを受け継ぐ」というテーマが出来上がっていきました。そして『KANADE』は“直球のラブストーリーをやりたい”という思いからスタートしました。作中で「恋とはなにか」という命題に対してカナデが語るシーンもあるので、プレイする皆さんには楽しみながら作品に込めたメッセージを受け取っていただければと思います。

 

――ラブストーリー自体はこれまでも多数執筆されてこられたと思いますが、『KANADE』は爽やかなイメージで浅生さんのファンにとっては新鮮かもしれませんね。

浅生:自分の作品は「ブラックだけど純愛」と言われることが多いです。たとえば過去作の『夏ノ鎖』はディスコミュニケーションをメインテーマにしたうえで、恋愛模様も描いていました。ただ『KANADE』はラブストーリーがテーマなので、素直にピュアでホワイトな良い意味で癖のないイチャイチャとしたカナデと悠登の関係性が味わえるように制作しました。なので、女の子との関係性を深めていき、そのついでに世界が救済される王道のストーリーになっているのではないかと。

――それはいわゆる「セカイ系」に近いと思いますが、あらためて王道とも言えるテーマを主軸に据えるにあたって、浅生さんならではのアプローチはありますか。

浅生:『KANADE』は終末系SFかつ、ゆさの先生のビジュアルで恋愛模様を描くのが軸だったので、それに見合う物語を作るのであれば「世界を救う話」がいいだろうと考えました。ナラティブベースのゲームは個人的にもプレイすることが多いですが、セカイ系は現在でもジャンルとして強くて人気がありますよね。

 「自分なりにセカイ系をストレートに描くのであればどうなるだろう」と考えて執筆しました。王道である分、上手に舵取りしないと陳腐になる可能性もありますが、『KANADE』は満足できる仕上がりになりました。

――前作にあたる『リルナツ』は絵がテーマで、本作は歌がテーマだということで、浅生さんには表現物に対する特別なまなざしがあったりするのでしょうか。

浅生:『リルナツ』のテーマである「絵」の次に、「歌」を軸にした『KANADE』となると、意図的なテーマ配置をしていると思われるかもしれませんが、偶然なんです(笑)。『KANADE』はセカイ系ではありますが、バトルモノにしたくなかったという想いがありました。バトルはシーンとしてのカロリーが高く、作品の印象が戦いに偏ってしまうので、ラブストーリーがテーマであるならば軸がブレてしまいやすいと思います。もちろん上手に両立している作品も多いですが、自分には難しいなと。そのため、バトル以外で世界を救うためにどうすればいいかと考えたときに、歌がいいんじゃないかと話し合いました。元々最近リマスター版がリリースされた『LUNAR シルバースターストーリー』が好きなのですが、当時プレイしたときから「歌と少女」というモチーフが良いと思っていました。今回やっとその気持ちを消化できるかなと『KANADE』のテーマに落とし込んだ形で、歌ありきで始まった企画ではなかったですね。

――なるほど。あくまでラブストーリーを描くうえで、最適なテーマとして歌が付随した……という流れなんですね。

浅生: あとは『ATRI -My Dear Moments-』『GINKA』で好評だったゆさの先生と音楽担当の松本文紀さんのコンビだからこそ、今回は歌というテーマでおふたりの良さを前面に押し出したいという気持ちもありました。ゆさの先生が描く華麗なビジュアルや松本さんの美しい楽曲が魅力的すぎるので、それらがより一層輝くようなストーリーにしたいとは常に意識していましたね。

――松本文紀さんと言えば、浅生さんも参加された『サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-』の楽曲も印象的ですよね。音楽の方向性などはどのようにイメージを伝えたりディレクションされたりしたのでしょうか。

かづや:基本的に弊社の発注担当がやりとりしているのですが、オープニングテーマやBGMは浅生さんのイメージを大切していて、「こういったBGMがほしい」という指定をもとに楽曲を依頼していますね。そして松本さんも「どういったシーンで流れるBGMですか」と確認してゲームのシーンを大事にしてくれる方なので、当て書きのような形で曲が生まれることもあります。

浅生:松本さんには作品に寄り添った楽曲を仕上げていただき本当にありがたいです。またオープニングテーマの作詞は桑島由一さんにお願いしました。自分がもともと桑島さんの作詞が好きだったこともあり、餅は餅屋に任せようとお任せしたのですが、出来上がった作詞が素晴らしく、依頼してよかったですね。

新作ノベルゲーム『KANADE』第3弾PV(オープニングムービー編)

――何度か言及もありましたが、浅生さんが考えるゆさのさんの魅力を教えてください。

浅生:「美少女は正義」というようにまずキャラクターのビジュアルが素晴らしいですよね(笑)。特に目や衣装のデザインが印象的で、カナデは「宇宙人として周囲から浮いた服装にしてほしい」と発注したら、少女らしいかわいさと未来的な宇宙人らしさが融合した素晴らしいデザインが来て感動しました。サムネイルなどで縮小されていても目が惹かれるような色づかいが特徴的で、キービジュアル一枚だけで「ゲームをやってみたい」と思わせられる素敵なイラストレーターさんだと思います。

――ほかのキャラクターデザインに関しても、カナデ同様に浅生さんからイメージを伝えて依頼された形なのでしょうか。

浅生:自分はかなり細かくキャラクターデザインをお願いする方なのですが、イラストの発注は細かい指定が100か0のどちらかだと聞いたことがあるので、企画の最初にゆさの先生に「どちらの方がいいでしょうか」とお聞きしました。「たくさんアイデアがあったほうが助かります」と返答いただいたので、「こういう感じのキャラが欲しい」と具体的なイメージを伝えたところ、期待を上回るデザインをしていただきましたね。

 

――続いて声優陣についてお聞きしたいのですが、キャラクターボイスに関するエピソードはありますか。

浅生:カナデ役の夏吉ゆうこさんだけではなくサブキャラクターの声優陣も、一人ひとりじっくりと「このキャラにはどういう声質が合うだろう」と考えながら、オーディションで時間をかけて決めさせていただきました。どの方もキャラクターの本質を掴んで魅力的に演じていただき、収録の際には「立ち絵やBGMと一緒に聞きたい!」と思ってしまうほど素晴らしい演技をしていただきました。プレイヤーの皆さんには早くゲームを遊んで自分と同じ感動を体験してほしいです。

――キャラクターボイスも堪能したいと思います。キャラクターについてお聞きしてきましたが、浅生さんが特に思い入れがあるキャラクターを教えてください。

浅生:やっぱりカナデですよね。ふんわりしているけど芯がある優しい少女で、一緒にいて癒されて、勇気や元気をもらえて「こんな女の子がそばにいてくれたら明日も頑張れる」と思えます。カナデには悠登という立派な相手がすでにいるので、自分が出る幕ではないのですが、自分の理想を詰め込んだヒロインが書けました。

――理想的なヒロイン像をカナデに詰め込まれたのですね(笑)。そういったキャラクターの個性を作るうえで意識されたポイントはありますか。

浅生:サブキャラクターの「伊織」「みのり」「亜希」にはふたりの恋を応援して見守ってほしかったので、全員をお姉さんにしようと最初から考えていたんです。終末世界の小さい町では全員が家族という関係性で、かわいい弟がかわいいお嫁さんを連れてきたという牧歌的な温度感を意識していました。また3人は懐かしく記号的とも言える「しっかり者」「おっとり」「姉貴」というオーソドックスな属性にしていて、あえて主人公とカナデの恋路のノイズにならないキャラ配置を心がけています。

――本作がカナデルート一筋だからこそ、思い切った配置ができたのかもしれませんね。

浅生:そうですね。もしサブキャラクター3名にもルートが存在していたら、もう少し尖ったキャラクター設定にしていたと思います。本作には話を引っかき回すような悪人も登場しないですし、穏やかで優しい気持ちになってほしいので、プレイヤーのストレスコントロールには特に気をつけました。

――本作を通してプレイヤーにどういった体験を届けたいですか。

浅生:主人公の立場に自分を重ねてカナデさんといちゃいちゃするも良し、後方身内面のような形でふたりの恋の行く末をニヤニヤしながら見守るも良しと、「恋っていいな」という気持ちを届けたいですね。

――本作に限らず、シナリオを執筆するうえで大切にされていることを教えてください。

浅生:自分の場合ですが「こういうシナリオを書きたい」という強い思いに筆を任せてしまうと独りよがりなストーリーになりがちなので、「読み手だったらこういうのが嬉しい」という気持ちを常に大切にしています。もし自分がプレイヤーだったら……と考えながら執筆すると、良い意味で書き味がマイルドになって読みやすくなるのではないかと。また自分自身の感性もそこまで特殊やマイナーではないと思うので、受け手としての感覚を優先した方が、よりユーザーに寄り添えると思います。あとは締め切りも重要視しているので、もし執筆途中で書きたいことが変化することがあっても、ゴールが見えない五里霧中の状態にならないように、「自分が何を書こうとしているのか」という意識は常に持っています。

――そんなシナリオ執筆について、本作でスムーズで手応えがあった部分や逆に大変だった部分はありましたか。

浅生:両方ともイチャイチャシーンでしょうか。今回は特にそういったシーンをたくさん執筆したのですが、思っていたより楽しくてスムーズに書けましたし、手ごたえもありました。ただ、同時に大変な部分でもあって「もっとイチャイチャいい感じにさせられたのではないか」とも考えています。あとは冒頭でもお話ししたのですが『KANADE』のシナリオは出来上がったあとに調整しているんです。必要だろうと考えてシーンを追加したのですが、自分はガチガチにプロットを決めてから執筆作業に入るので、あらためて全体を見直してストーリーを組み直すのは難易度が高かったですね。

――なるほど。ちなみにシナリオが完成後に再度ブラッシュアップされたということですが、全体でどれくらいのボリュームを想定されていますか。

かづや:『KANADE』はグッドスマイルカンパニーさんにとって初めてのノベルゲーム作品ということで、ボリュームとしてはフロントウイングの過去作品に比べてコンパクトに、それに合わせてお求めやすい価格設定になっています。

浅生:ボリュームをコンパクトにしたのは『KANADE』のテーマに合わせて、ビジュアルノベル初心者の方にも読みやすく、手に取りやすい形にしたかったという理由も大きいです。

――ありがとうございます。本作を執筆するうえで、意識した作品や参考にした作品はありますか。

浅生:自分はラブストーリーとしてお互いにイチャイチャしていてすれ違わずに、付き合っていること自体が尊い繋がりが最近は好きなんです。具体的なタイトルだと『じいさんばあさん若返る』のような作品に惹かれて、最初のかづやさんとの打ち合わせでも話した気がします。もうひとつは『白聖女と黒牧師』の作者・和武はざのさんによる『儚いキミは猛攻をはじめる』というSNS漫画。ふんわり穏やかな空気感の中で描かれる思い思われのような関係性を『KANADE』で参考にしました。また、フロントウイングは伝統的に主人公が味わい深い作品が多いので、ヒロインだけがかわいいと思われるよりも、「ふたりとも良いね」と思ってもらえるのが理想ですよね。そういった点だとアニメ『ゾイド -ZOIDS-』の主人公・バンとヒロイン・フィーネの関係も思い出深くて、当然キャラクターの設定は違うのですが、意識した部分はあります。

 SFに関しては、物語の方向性はかなり異なるのですが以前ブライアン・W・オールディスの小説『地球の長い午後』を読んだときの、「植物が地球を覆い尽くす」という終末世界のビジョンが題材のイメージとして心に残っていたのではないかと思います。あと直接的な影響としては、新井素子先生の『グリーン・レクイエム』という小説の最後が子供心にとても悲しかったので、本作は『グリーン・レクイエム』リスペクト作品として自分なりのハッピーエンドを描きたかったのかもしれません。また、ストーリーがまったく異なるのですが日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』もイメージしている部分があります。こちらは『十三機兵防衛圏』でもオマージュしていると仰られてましたね。ある一定世代以上のクリエイターは、当時の白泉社のSF少女漫画を読んで割と影響を受けてるんじゃないかなと勝手に思ったり(笑)。そして、『KANADE』の内容とは異なるのですが、精神的な支柱として岩本隆雄さんの『星虫』はジュブナイルSFを執筆するうえで、頭の片隅に置きながら作業をしていた気がしますね。

――お話をうかがうと特定の作品にフォーカスするというよりは、それぞれの好きな要素を組み合わせて「浅生詠らしさ」として表現されているのかなと。

浅生:『KANADE』の軸はストレートなラブストーリーなのですが、肉付けの設定は自分がこれまで読んできて面白いと感じた要素のごった煮になっていますね。

――制作中に印象的だったエピソードや、裏話について教えていただければ幸いです。

浅生:普段は自分ひとりで企画を練り込んでいくことが多いのですが、『KANADE』はかづやさんとブレストしながら組み上げていったので、当時のメモ書きを読み返すと面白いんですよね。たとえば終末モノでも最初は雪に覆われた世界のドーム内の話や、綺麗な『マッドマックス 怒りのデス・ロード』をイメージした砂漠のオアシスも考えていました。ただ、寒すぎたり暑すぎたりすると目指すような牧歌的な雰囲気にはなりにくく、結果的に今の設定になりました。企画の紆余曲折がある種、新鮮で楽しかった思い出がありますね。

かづや:ラブストーリーがテーマであるにもかかわらず、あまりに過酷な環境にしてしまうと未来に希望も見えませんし、生存やサバイバルを軸にした暗いお話になるだろうと。どういった「終末」にするかは悩みましたよね。最終的には『KANADE』では植物に覆われた世界で、少しハードなキャンプ生活をしているくらいの温度感になりました。

――たしかに雪に覆われていたり砂漠が舞台だったりすると、恋愛より命の危機というテーマが先行しそうです。

浅生:『KANADE』ではたしかに世界の終わりが迫っているのですが、それ以上に穏やかに終末を過ごしていく描き方をしたかったので、いまの形に落ち着いて良かったです。

――そのような経緯があった本作は、浅生さんのシナリオライターとしてのキャリアでどういった立ち位置になりましたか。

浅生:過去作含め、もっともファンの方に読んでほしい作品に仕上がったと思います。これまでは狭い範囲で刺さる話を運よく大勢の方に読んでいただいている状況でしたが、今回はあえてメジャーを意識しました。ただ、そちらに寄せすぎてしまうと自分の持ち味がなくなってしまうことも自覚しているので、これまでマイナー気味のタイトルを手がけていた人間が、王道に一歩踏み出した挑戦作として考えていただけたらと思います。

――それでは最後に読者や浅生さんのファンに向けて一言お願いします。

浅生:前作に続いて全年齢かつホワイトな作品になりましたが、『リルナツ』を遊んで「自分の味だな」と感じてくださった方が多いように、『KANADE』も「浅生詠作品だ」と思える部分が随所にありますので、ぜひプレイしてほしいです。そしてゆさの先生や松本さんの素晴らしさが活きる作品にも仕上がっていますので、悠登とカナデの恋路を最後まで見届けて「恋っていいな」という気持ちになってもらえたらうれしいです。

©Frontwing / GOOD SMILE COMPANY

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