『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』レビュー 死生観を軸にした残酷な世界で、生への祝福と想いの連鎖を描くビジュアルノベル

『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』レビュー

 『花束を君に贈ろう-Kinsenka-』はフロントウイング25周年作品の第1弾であり、シナリオを「いろとりどりのセカイ」シリーズや『さくら、もゆ。-as the Night's, Reincarnation-(以下、さくら、もゆ。)』などを手がけた漆原雪人氏が担当。私をはじめとするファンにとって待望の新作だった。漆原氏はビジュアルノベルの中でもひときわメッセージ性が強く、独創性があふれるシナリオを執筆されることでも知られている。本記事ではストーリーやキャラクターなどを紹介しつつ、テーマ性やどのような作品に仕上がっているかに触れていきたい。終盤のネタバレへの直接的な言及は含まれないものの、シナリオ内容に触れているため注意してほしい。

※Steam版はパッチの適用により、ゲーム全編をプレイすることが可能な仕様になっている。

痛みと呪詛をめぐる少年少女の成長譚

 作中世界には「呪詛」と呼ばれる呪いや想いが具象化した存在/能力があり、それらを駆使する「呪詛使い」をめぐるシナリオが展開。また本作はダブル主人公を採用しており、「橘 才(たちばな さい)」と「鎌原 竜起(かんばら たつき)」の視点が切り替わりながらストーリーが進行するのが特徴だ。まずは本作のあらすじについて紹介しよう。才は生まれつき心に痛みを感じない性質と「人の心を知りたい」という願望を持っており、心を刺激する事物を探しながら唯一の家族である妹に害をなす人物を殺しまわっていた。一方体の痛みを感じない竜起は、「夕暮れの牢獄」という裏世界を支配する紅緒家の一員として、人間社会にはびこる邪悪を打倒する使命があり、ある日の標的として才を狙っていた。そんな二人の邂逅から物語がはじまる。

 ターゲットと執行者、心と体の痛みの有無という対称的な関係で出会った二人だが、竜起に同行していた「紅緒 祀(べにお まつり)」を一目見た瞬間に、才は心にチクリと痛みを感じた気がした。そこで突如ひざまずき才は祀に告白して「死ぬわけにはいかなくなった」と話し、一緒に自分も連れて行ってほしいと頼む。急な心変わりに警戒する竜起だが、祀の心に住む別人格「ヒトデナシ」がなぜか肩を持ったことをきっかけに、才はこれまでとは違う夕暮れの世界へ足を踏み入れていく。

 夕暮れの牢獄は、紅緒家当主の「紅緒 終(べにお つい)」が“死を克服した世界”を目指し、祀の「目には視えないものに形を与える」呪詛能力を利用して、その完成を目論んでいる異空間。ここには世界の記憶や魂が焼き付いており、人々の人生を記録・保存を行うアーカイブとして機能している。

そのため現実世界では閉店してしまった和菓子屋が、夕暮れの牢獄では存続しているなど、別れが存在しないことが特徴だ。そんな世界にやってきた才は祀に感じた「心の痛み」の正体を探すこと、祀を紅緒家から解放することを目標に、「無銘荘」というアパートで呪詛使いの少年少女たちと共同生活を開始する。

 ストーリーの展開だけを拾うと仲間との共同生活や能力を活かしたバトルなど、異能力モノの少年漫画のメソッドに乗っており、そこだけに注目しても満足できるが、その味付けに独自性があるのだ。そもそも主人公のひとりが殺人鬼という設定で、冤罪というわけでもなく大勢を手にかけており、作中にも一般市民を脅して殺人を教唆するシーンも存在する。もう一人の主人公・竜起も全身に鋼鉄を埋め込む改造を受けており、体の痛みを感じないため極端に自己犠牲を厭わない。ほかの無銘荘メンバーも、過去のトラウマの影響や呪詛使いという仄暗い家系に生まれているためか、突飛な思考をしがちだ。自殺・虐待・殺人などのショッキングな展開も多く、一見すると心をテーマにしているにも関わらず、“感情移入がまったくできない”ように映るかもしれない。

 だが1.7MB(約80万文字)にもおよぶテキストによって、丹念に描写された地の文やセリフを徐々に自らの内へ浸透させていくと、共感はできなくてもキャラクターの行動や思考が“わかる”瞬間がやってくる。それはまるで難しい哲学書の一節に、自分と同じ悩みを発見したときと同じ感覚でひときわ心に残った。先述したあらすじから察せられるが、話の筋は王道のエンタメでありながら、一種のマジックリアリズムのように日常と非日常が並列に入り混じったストーリーが特徴だ。

 紙一枚で隔てられたシリアスとギャグを反復横跳びしながら抽象的な事物が抽象的なまま取り扱われ、思考が渦巻く精神世界にダイブするかのような濃厚な体験が味わえる。時系列も曖昧で過去と未来を行ったり来たりしながら描かれるが、物語は「わかりにくさ」ではなくむしろテーマの輪郭をわかりやすく丁寧になぞり続ける直喩といった印象だ。あくまでプレイヤーの心というキャッチャーミットに、死生観や人生観といったメッセージをダイレクトに届けるイメージのため、少年少女の成長譚というエンタメとしても楽しみやすいだろう。

漆原氏が描くメッセージとは

 漆原氏が作品で描いているメッセージとは「生きることへの祝福」だ。本作だけのテーマというわけではなく、過去作から徹底して表現し続けているのが特徴で、氏の作家性とも言えるだろう。しかし祝福といってもハッピーで喜びにあふれた様を描くのではない。むしろ人生は矛盾に満ち、生きる価値があるのかもわからないものとして描き、透徹としたまなざしによって、人間の残酷さ・無慈悲さの本質を赤裸々にしている。

 だが、発売前に実施したインタビューで「つらい状況にいる人が前向きに生きてみたいという気持ちになれるような希望や応援になればいい」と語っていたように、逆説的に優しさを際立たせている。たとえ芸術の才能がなく人生の象徴・集大成を形として残すことが難しくとも、何度も命を投げ出そうと思いながら一歩一歩進んだ道のりは、同じような苦しみを持つ人を救うことができる。本作で幾度も語られる「誰もが生きていれば誰かを想い、誰かに想われている」という愛と祈りの連鎖を自覚させる言葉は、生きる意味に迷い孤独に悩む人の心を救うかもしれない。そんなプレイヤーの人生が変わるような力強いメッセージが、鬼気迫るような筆致で描かれていた名作だった。

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